世界インフレ時代のお金の常識・非常識 その3
バブル時のお話は懐かしく読みました。
「資産価格はマネーがあふれていなくても、
回転率の高さで上昇することがある。」
「資産価値が上昇すると担保価値増加して
資金調達や融資を受けられる余地が拡大するため
その資金の一部が再び資産市場に投入されて
資産価格はさらに上昇するというスパイラルが
発生する」
「1980年代日本のバブルは、
まさに証券会社と銀行によって引き起こされた」
このバブルの原因を日銀は見誤ったというのです。
「公定歩合は1980年8月に9.0%から
8.25%に引き下げて以来、1987年2月の
3.00%から2.50%へ引き下げまで
10回引き下げた。」
すごいですね。
いまさらながら9.0%から2.50%へ。
その後1990年8月までに
公定歩合が4回も引き上げられ6.0%へ。
こんな「ジェットコースター」みたいな金融政策を
当時の日銀はやったのですね。
結果どうなったのか?
私ももう少し経済学を勉強しておくべきでしたね。
あの頃高橋先生から学びたかった・・・。
「バブル崩壊は誰の目にも明らかだった」
「4回の利上げはまったく不要だった」
これ何だか今の情勢を予感していませんか・・・。
「利上げのタイミングが遅れると、その後の引き下げは
完全に後手に回り、景気回復ができなくなる。
ここからまさに悲劇というべき『失われた20年』が
始まるのである」
手厳しいのですが、その後の日銀のせいで
「失われた20年」
が起きたというのです。
バブル当時盛んに「カネ余り」だといわれましたね。
高橋経済学を学べば、
「カネ余り=通貨供給量が多すぎるなら
物価は上がるはず。」しかし一般物価は安定していた」
ということは
「当時取った金融引き締め策は間違いであった」
と高橋先生はいうのですね。
でも
「日銀の官僚たちは金融引き締めが間違いだったとは
決して認めない」
のですね。
しかも
「過去の間違いを正当化するために、その後もずっと
誤ったタイミングで引き締めを続け、デフレを引き起こし、
放置し、悪化させた。犠牲となったのは一般の日本人である」
なかなか天下の日銀に対してこれだけ真正面から
批判できるのは高橋先生だけでしょうね・・・。
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