人生の経営 その3
左遷のお話を書いてしまいましたが、
この出井氏は2回も左遷されているのですね。
2度左遷されても社長になった方がいる上場企業は
たぶんソニーだけでしょうね・・・。
子会社に左遷されてもまた本社に戻り、
また活躍するのですね。
1979年(昭和54年)2月、41歳でオーディオ事業本部長に。
その年の7月にその後ソニーの看板商品となるあのウォークマンが
発売されました。
1982年(昭和57年)10月。世界初のCDプレーヤー発売。
まだ1980年代の頃のお話でしょう。
レコード全盛の時にCDが出てきましたからね。
同時にこの頃コンピュータの登場ですね。
ソニーがコンピュータの開発したお話が面白い。
盛田会長の前で
「いやあ、コンピュータなんて、作るのは簡単ですよ。
ソニーがやればすぐにできます」
と言ってのけたのだそうです。
そこで経営会議に呼ばれて
「コンピュータをやってくれ。簡単にできるのだろ?」
これでコンピュータ部長に。
ソニーが社運をかけてコンピュータ事業に進出。
調べたら出てきましたが、
「ソニーがコンピュータ?」
正直記憶にないのですね。
当時大人気だった松田聖子まで使って宣伝したそうですが
大失敗。
これがもとで左遷・・・。
しかし、これも正直に書いてありました。
「こんなこと書いていいの?」
思いましたが、もう84歳の老経営者には(失礼!)怖い者
ないのでしょう。本当の左遷の理由です。
当時の大賀社長には派閥争いがあったらしく
「出井は、大賀につくのか、厚木(当時ライバルの副社長が管轄する部署)
のボスにつくのか」
と聞かれたら、
「厚木のボスにつきます」
と答えてしまったのですね。
これも大変サラリーマン的なお話ですね。
それが大賀社長の逆鱗に触れてしまったのですね。
この時出井氏は45歳。
役職も解かれて3か月間何も仕事を与えられずに
「追い出し部屋」に移動。
ちょっと怖いお話ですね。
普通の人ならサラリーマン人生が終わったと考えるのでしょう。
その12年後、その大賀社長が次期社長に指名したのが出井氏ですから
サラリーマン社会というのは不思議で面白いところですね・・・。
« 人生の経営 その2 | トップページ | 人生の経営 その4 »
コメント