エッシェンシャル思考 その2
冒頭この著者に子供が生まれるシーンが
出てきます。
病院にいる奥さんのもとを訪ね、3300グラムの元気な赤ちゃんが
生まれました。
普通なら人生の中で最高に幸せに満ち足りた時間のはずですよね。
でもこの瞬間でも、この著者は仕事のことばかり考えています。
何故ならクライアントとの重要な会議が迫っていたからです。
「金曜に出産とは間が悪いね。〇〇さんが会議室で待っているよ。」
そんな同僚からのメール。
「会議には来られそうか?」
さらにはそんな電話。
「はい。行きます。」
そう告げて生まれたばかりの赤ちゃんと奥さんを残し
会議に出かけます・・・。
「大変な時に来てくれてクライアントも喜んでいると思うよ。」
この発言聞くと、とんでもない上司ですね・・・。
それほどまで無理してその会議に駆け付けても、
逆にクライアントの顔色は微妙だったそうです。
「こんなときにいったい何をやっているのだ?」
本人はそこでようやく気が付いたのですね。
これこそがこの著者がこの本を書くきっかけになった出来事でした。
しかし、これに近いお話は、日本のサラリーマンならいくらでも
あることなのではないでしょうか。
部下の出産なんかお構いなしに
「会議には来られそうか?」
そう電話する「ブラックの」上司もたくさんいますからね。
私の年代から上、つまり60歳代以上、
昭和のモーレツサラリーマンなら、
これに近い経験はいくらでもあるのではないでしょうか。
激烈な出世競争のなかで滅私奉公。
毎日「午前様」は当たり前。
土日も働き家族サービスなどする暇もありません。
私も某野村證券勤務時代は、出産のときは確かに
立ち会えましたが、その後子供たちの顔を見るのは
ずっと寝顔だけでしたね。
土日も仕事のことが多かったし、お付き合いのゴルフもあり
まともに家族サービスをしたことがなかった・・・。
それが当たり前のように教えられたサラリーマン時代でしたね。
子供ができ、その後家をローンで無理して買うと、
当然のように即転勤。
家族を残して単身赴任生活で日本中を「ドサ回り」です。
「子供のお遊戯会も運動会も発表会も一度も行ったことがない・・・」
そう「自慢げに話す」上司も多かったと思います。
そういう上司に鍛えられた若いサラリーマンも、そんな「サラリーマン魂」?
を刷り込まれていったような・・・。
そんな昭和の「サラリーマン魂」こそが、「非エッセンシャル思考」なのですね。
昭和の時代に、冒頭の出産シーンがあったとしら、
「すいません。今日は初めての子供が生まれる日です。
有休取りますから、クライアントの打ち合わせは
課長が代わりに出てください。」
そんなことを言ったらどうなったのでしょうか?
「キミは仕事より家庭を大事にするのか。いいんだな?それで・・・」
そういうことが許されない雰囲気だったのかもしれません。
下手したらそれが原因で左遷・・・・!
時代は変わって令和です。
コロナ禍で仕事はテレワークになり、
急に家で「いやおうなしで」仕事をし始めたサラリーマン。
どういう訳か家庭内にそんな「昭和のサラリーマン」の居場所が
ないのですね・・・。
この本が急に売れ出した理由が
だんだん分かってきましたか・・・。
« エッシェンシャル思考 その1 | トップページ | エッシェンシャル思考 その3 »
コメント