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2021年9月16日 (木)

巨大スタートアップ「ビジョナル」挫折と奮闘、成長の軌跡 その2

どうしてこういう経営者が育ったのか、

それにまず非常に興味を持ちました。

 

「こんな経営者がいるのか・・・」

 

素直に感動し、心から驚いたからです・・・。

  

まず、南氏の生い立ちが面白い。

1976年生まれ。父親の仕事の関係で、幼稚園から中学まで

家族とカナダで育ちます。

当時の環境は、アジア人ただ一人。

強烈な「マイノリティー」としての考え方が、南氏のその後の人格形成に

大きな影響を受けているそうです。

ここまで書いて、すぐ気が付きましたけど、

前回ご紹介したソニーの平井前社長と環境が似ていますね。

中学でいったん帰国します。

帰国したのは静岡県。サッカーの盛んな県ですね。

そこで中学、高校はサッカーに打ち込みます。

しかし、大学では再び海外を目指し、1995年米タフツ大に入学。

卒業後は投資銀行のモルガンスタンレー証券に入社。

投資銀行部でM&Aアドバイザリー業務に従事。

 

当時インターネット黎明期。ITバブルへとつながり、証券会社では

仕事はいくらでもあったでしょうね。

週100時間を超えるハードワーク。今なら問題になりそうですね・・・。

 

ただもともとはスポーツマン。スポーツビジネスに携わりたいという希望があり、

2003年退職。ここでスポーツビジネスの会社「S-1スポーツ」を立ち上げます。

しかし、起業はそう簡単にはいきません。

でも、幸運なことに南社長を引き上げる方がいたのですね。

こういう方こそが大事なのです。

カルチェア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の常務の喜吉憲氏。

その方の紹介でCCCの増田宗昭社長に会うことができたのです。

 

これ以降のお話はこの本には書いてありません。

興味を持って南壮一郎氏を調べていたらネットで見つけました。

昔小泉元首相が作った組織ドリームゲートの公式HPに

今でもアップされてます。

非常に面白い記事です。読むだけで勇気が湧きます。

こちら

 

三木谷社長からその時にかけていただいた言葉は今も忘れません。

「世間は私が日本興業銀行を辞め、すぐに楽天を創業して成功したと見ているが、

それはとんでもない誤解だ。本当に、色々な苦労があった。そして、その時に

大変お世話になったのが、増田社長だ。時代が巡って、今度は君のような

若い金融マンが安定した生活を捨て、新しいことに挑戦しようとしている。

今度は私が君を助けてあげる番だ」。

 

泣きそうになるくらいにいいお話ですね。

即座に楽天から企業買収に関する契約してもらい

資金援助してもらったのです。

その縁で2004年9月楽天球団の創業メンバーに。

 

創業メンバーはわずか10名。

最初のオフィスは楽天本社内のわずか10畳。

その時南社長は28歳・・・。

 

28歳で三木谷社長のサポート役兼弟子。

「ポスト三木谷」と呼ばれる理由が分かってきましたか・・・。

 

 

 

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