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2021年7月19日 (月)

売上最小化、利益最大化の法則 その2

20210719-092008

(アニメ巨人の星より 花形満)

 

この主人公の株式会社北の達人コーポレーションの木下勝寿社長。

なかなかの方です。

こういう社長だからこそ、たったパソコン一台で起業した会社が

最短で上場企業になったのだと思います。

これ本当に事実だからこそ説得力が非常にあるのです。

 

まずこの社長の生い立ちから気になりました。

小学校低学年の頃に、まずアニメ「巨人の星」をテレビで見ます。

私の世代の少し下ですから、これは誰でも見るでしょう。

それで「野球選手にあこがれた・・・」では並の小学生だったのでしょう。

 

「花形満が金持ちなのは父親が自動車会社の社長だから・・・」

 

小学生の時にそれに気がついて、「社長になりたい」と思う子は少ないでしょう。

 

さらに大学生になって本気でビジネスがしたいと思って、

関西の学生企業、「株式会社リョーマ」に入ります。

サークルカタログの代理店なのですが、そこで本格的にビジネスを学びます。

これは単なるアルバイトではないですね。

株式会社リョーマには当時20、30人の学生がいたそうですが、

そのほとんどが現在経営者になっていて、そのうち半分くらいが

上場企業の経営者とは驚きませんか・・・。

もうこの時点で並の大学生とは志が違いますね。

 

1992年(平成4年)にリクルートに入社します。

1992年というと忘れもしない

「バブル絶頂」のときですね。しかも私が「バブリー野村證券」を

退職した年でもあります。

覚えていますが、退職するまで私も長年リクルーターをやっていたのですね。

入社する大学生を囲い込むのにリクルーターも必死でした。

昼間から高級寿司屋かうなぎ、もしくは有名高級レストランたいめいけん。

夜はクラブにまで連れて行って大学生を接待。

それこそ、就職解禁日には皆ハワイまで(!?)連れていったくらいの

バブリーな時代。

まあ、そうやって勢いで「浮かれて」就職した学生も多かったのですね。

 

ただ、その時代にあっても、木下社長は「並の浮かれていた」大学生とは

違っていたのですね。

 

「一般企業で修業したいと考えリクルートを選んだ」

 

そうなのですね。

事実リクルート出身の起業家は非常に多いです。

それに対して、同じくらいに仕事が厳しいとされていた野村證券出身の起業家は

意外と少ないのですね。

少ないどころかほとんどいないのですね。

これはどうしてだろうとつい最近まで思っていました。

でも、「営業が得意」であるだけの野村證券ではダメなのですね。

「ビジネスが得意」であるリクルートには絶対勝てないのです・・・

(このお話はまたそのうち・・・)

 

しかも、木下社長時代の先を見る目は確かです。

 

「当時はネットが普及していなかったが、近い将来デジタル化の波が来て

マルチメディアで世界中がつながると想像していた」

 

「コンテンツ事業と通販事業が伸びると考えていて、

リクルートでコンテンツビジネスを選ぶ道を選んだ」

 

 

まさにバブル後の世の中は、木下社長の読み通りに動いてきます・・・。

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