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2020年6月29日 (月)

ならずもの井上雅博伝 その5

井上氏がヤフーの社長となってから、ソフトバンクの中核企業として

稼ぎ頭となっていきました。

ヤフーの資金力で、ソフトバンクは次から次へと企業買収を

繰り返していきます。

その買収案件第一号が、2000年8月PIM社でした。

そこの創業者である松本氏をかなり信頼していたようです。

ヤフーの次期社長にさえ考えていた記述もありましたから。

 

2001年9月から、ソフトバンクが「ヤフーBB」というインターネット事業を

開始します。

この本でよく分かったことですが、ヤフーと名前がついていますが

事業主体はソフトバンクだったのですね。

ただこのあたりから、ソフトバンクの孫さんとの蜜月の関係のひずみが生じだして

来ていたようです。

ソフトバンクの会議には井上氏は参加せず、その松本氏を行かせます。

そのことで孫さんの逆鱗に触れたお話は妙になまめかしいです。

 

それでも井上氏は、yahooのポータルサイトとしての圧倒的な地位を

確立していきます。

圧倒的な地位とは分かりますよね。

毎朝パソコン立ち上げyahooのトップページから一日が始まる人が

ほとんどではなかったでしょうか。

私自身、毎日yahooのトップ画面を見てから仕事を始め、ヤフーニュースで時事を確認する

ヘビーユーザーの一人ですから。

 

ただこれは何度も書きますが、

「タイムマシーン経営」だったのです。

つまり、まったく米国の物まねに過ぎなかったのです。

 

「無料でニュースを見ながら、不明な言葉があれば

検索エンジンを使って調べる。無料と便利さが受けて、

日本でも爆発的にユーザーを獲得していった。」だけなのです・・・。

16年間増収増益の超優良企業に育て上げたにもかかわらず、

55歳となった2012年6月井上氏はヤフーを退任します。

その退任は何故だったかを考えながら読むことにこの本の価値があります。

米国のヤフーは2008年から経営悪化で創業者ヤン氏は退任しているのに

比べたら、井上氏の経営手腕を賛辞すべきところでしょう。

 

「井上氏のモバイル事業対応の遅れが理由」

を上げるIT関係者も多いようです。

具体的には「ヤフーはスマホに乗り遅れた」ということなのでしょうか。

また一方で、

「インターネットは新聞テレビラジオの三大メデチィアに追い付く」

と目標を井上氏は掲げながらも結局はメディア企業になれなかったと

ことを挙げる人もいます。

 

「テクノロジーだったら僕でもまだやっていけるかもしれない。

けれどメディア企業としてやっていく自信がない」

 

と全社員に宣言してからヤフーを去ったという記述からも分かります。

 

でも実際のところ、

「孫氏が経営の若返りを図ろうとして首を切られた」

というのが実情ではなかったのでしょうか。

 

著者はそこはお茶お濁してハッキリ書いてありませんが、

これは以前ご紹介した本にも書いてありましたね。こちら

 

昔からドッグイヤーで進化するといわれるコンピュータ業界ですからね。

きっと55歳ではGAFAが牛耳るネット世界の急速な動きについていけないと

孫氏が判断したのでしょう。

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