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2020年6月25日 (木)

ならずもの井上雅博伝 その3

1987年にソフトバンク総研に入社した井上氏ですが、

最初はパソコン情報誌の編集長をやらされます。

その理由は、元勤務したソードが基本ソフト「ユニックス」のライセンスを

持っていたから。

つまり、単なる「ユニックス・ユーザー向け」のマニアックな情報誌です。

それもそのはず、ソフトバンク自体も80年代そのものはまだまだ発展途中。

このあたりもがく苦しんでいたのは、こちら

経営者本紹介を10年以上やっているといろいろつながってくるのですね・・・。

 

 

世の中が大きく変わってきたのが、1991年のマイクロソフトのOS

「ウィンドウズ3.1」。

さらに、なんといってもその後の1995年「ウィンドウズ95」でしょう。

 

この時代を読む目を、誰よりもさ孫社長はすがにもっているのですね。

「ウィンドウズ3.1」が発売された直後の1992年。

井上氏はソフトバンク本体のソフトバンクの社長室・秘書室長に移動。

 

ソフトバンク社内に「インターネット準備室」が立ち上がり、

井上氏がその陣頭指揮。

その理由に、技術面でなく語学力が買われたのもご紹介した通り。

このあたりから、「日本のインターネットの父」が誕生してくるのですね。

 

しかし、やはりここでも孫社長の経営手腕ですね。

そもそもヤフーとは、米国のスタンフォード大学在学していたジェリー・ヤン

が学生ベンチャーとして起こした会社なのですね。

わずか10人ほどの会社だったのです。

ヤフーというと「検索会社」ということは誰でも分かると思いますが、

そのころ日本では、検索どころか、インターネットそのものがまだ知られていない

時ですね。

 

マイクロソフトのおかげで時代は変わると読んだ孫氏は、

1995年になんと200万ドル(2億4000万円)を出資してしまうのです。

その契約交渉にあたったのが井上氏でした。

 

はい。ではここで「ソフトバンク研究家」としての大事な突込み。

孫社長が、この1990年代後半から2000年代に繰り返した

経営手法を何というかご存じですか?

 

「タイムマシン経営」

 

というのですね。

ちょっと古臭い言い方ですか・・・。

 

1990年代は、間違いなくアメリカはインターネット先進国でした。

日本ではまったく知られていないビジネスです。

 

この日米間のネット産業の成熟度の違いに目を付け、有力な米ベンチャーに

いち早く出資して、上場させたり、含み益を取る、もしくは日本にも同様の

事業モデルを移植したのです。

 

つまり、「タイムマシン経営」とは、

「その時差による『アービトラージ』(さや取り)で収益を上げるビジネス」

なのです。

その「アービトラージ」で日本最大、空前絶後の莫大な利益を上げた方が

この孫正義氏だったのです・・・・。

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