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2020年6月26日 (金)

ならずもの井上雅博伝 その4

ではその「タイムマシン経営」。

 

1996年1月。

「今年をインターネット元年とする。」

と孫正義氏はかかげ、ヤフージャパンが設立されます。

 

yahooの開設日は1996年4月1日。

わずか3か月でアメリカのヤフーのサイト真似た日本語版を

構築したのですね。

こんな短期間でよくできたと思いますが、実際には、

回線、サーバー、アプリケーション、ネットの仕組みを

すべてに熟知している人材が絶対に必要だったのです。

たまたまアメリカの通信大手AT&Tでそんな経験をしてきた人材が

ヤフージャパンの中途採用に、応募したというのですから

本当にラッキーだったのでしょう。

 

このように井上氏の功績として、ヤフージャパンに数多くの有能な人を

採用したこととこの本で紹介されています。

いかに井上氏自身が有能でも当然一人ではできなかったでしょう。

 

ところで社名のヤフーは、ガリバー旅行記に出てくる「ヤフー」から

つけられたそうです。

粗野で型破りな「ならずもの」という意味なのだそうです。

この本のタイトルのように、井上が探し出した「ならずもの」の多くが

日本のインターネットのパイオニアになっていったのです・・・。

 

 

その「ならずもの」たちのおかげで、その年の11月4日に

店頭市場に公開します。

その時の株価が200万円!かなり話題になりました。

でもその時の会社の規模は、

1996年3月期には たった 63万6000円 だったのが

1997年3月期 4億1300万円

1998年3月期 12億6900万円

 

急成長していたのは事実ですが、まさに社員50名ほどのベンチャー企業

でしかなかったのです。

その後株価をは1億円になりその後の成長は書いた通りです・・・。

 

 

はい。ではここで一番書きたかったことを、

本邦初公開!

 

実はこの時点で私自身がヤフーとニアミスしていたのですね。

 

1998年3月に税理士としてゼロから開業した私は、

これはネタで何度も紹介したことですが、

「4月になんと売上もゼロ」・・・

 

そこで一計を案じた私は、派遣会社に面接に行ったことがあるのですね。

 

「とりあえず派遣の仕事でも何でもいいからもらおうか」

 

あの頃は必死でしたから。

ところでご存じでしょうか?

その前の年の派遣法の改正により「財務」の派遣が認められることに

なったのを私は知っていたのです。

そんなことを知っている当時の税理士は日本全国で私くらいだったでしょう。

気合を入れて、履歴書をバッチリ書き、ついでに

当時依頼された合格体験記30枚をもって勇んで派遣会社にいったのですね。

 

派遣会社の担当者が、面接で合格体験記を読み終わって、

残念そうに

 

「ちょうどあなたにあう仕事があったのですけど。

昨日ちょうど決まってしまって・・・。

店頭公開したばかりのヤフーの財務・・・」

 

その一言忘れられませんね・・・。

もし一日応募が早かったら、私の人生が変わってしまっていたかもしれませんね。

 

 

私もまだまだ若く、当時はかなりの「ならずもの」でしたからね。

きっと今頃はヤフーの財務最高責任者・・・?

持ち株がをもらって井上氏のように億万長者に・・・???

 

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