秋の長州
台風で日本全国が大変な時に、週末何と慌ただしく山口県を
訪れていました。
山口(長州)は本当に行きたかったところです。
NHKの大河ドラマ「西郷どん」の影響ではないですが
やはり「長州」は日本近代史上、大事なところですからね。
実は、大河で一昨年やっていた「花燃ゆ」あたりから、
一度はその長州の中で特に、「萩」に行きたいと思っていたのです。
行きたい理由はもうお分かりですね。
この方です。
吉田松陰ですね。
同じ吉田ですからね。
たぶん遠い親戚でも何でもないでしょうけど、
わずか29歳でこの世を去りながら、日本の近代国家に
多大なる影響を与えた方です。
萩城跡から歩いて30分くらいのところに、
松陰神社があります。
その奥に、「松下村塾」が当時のままの形で保存されていました。
何だか、当時の激論風景が思い描けるような感じがしませんか。
わずか8畳ほどの小さな部屋から、
伊藤博文、山形有朋らの多くの日本の近代国家を作り上げた方々を
教育したのです。
本当に萩の町はすばらしいところです。
戦時中に空襲を免れたせいか、ほとんどの名所旧跡が
そのまま残っているからです。
山口県は海に囲まれた魚が美味しい本当に良いところです。
でも、何でこんなに江戸からはるかに遠いこんな田舎から、(失礼!)
そんな多くの偉人たちが生まれたのだろう?
本当に不思議に思いますね。
奇しくも昨日ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった
「本庶佑教授」も山口県のご出身なんだそうですね。
吉田松陰の残した有名な「至誠」という言葉があります。
「精一杯の誠意で相手に接すれば、それで心を動かされない人はいない。
つまり、人を動かそうと思ったらまごころを持って、精一杯の心で接するべし」
ということなのです。
山口県の方は皆、吉田松陰と呼び捨てにせず「松陰先生」と
尊敬の念を持って呼んでいました。
きっと、小さい頃からこの「至誠」という教育を皆受けているのでしょうね。
山口を訪れて感じたのですが、県民の方々が皆やさしいのは
きっとそのためなのでしょうね。
私も吉田を名乗る以上、これからは「松陰先生」の言われる通り
「至誠」の気持ちを忘れずに生きていきたいと思います・・・。
« 税理士の料理番 その41 | トップページ | 秋の長州 その2 »
コメント