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2018年2月 7日 (水)

いのちのスタートライン その9

マラソンのお話をそろそろ書きたいところですが、
書けない理由があるのですね。


本当に走れなかったのです。
ガンの副作用である間質性肺炎の治療が2年半にも
及んだのですから。
肺は病気と治療で3分の1が機能していないため、
走ろうとさえも思わなかったのでしょう。

ようやく走ろうと思ったのはがん治療が終了してから
3年後です。

2010年9月12日。
故郷長野で開催された第4回八ヶ岳縄文の里ハーフマラソン。
きっとフルマラソンは無理でもハーフくらいなら走れると
エントリーしたのでしょう。


でも3年間の治療で、抗ガン剤、ステロイド薬、免疫抑制剤。
それまで250本の注射を打ち、50種類以上の薬を
身体に入れていたのです。
薬によって助けられ、薬によって破壊された身体だったのです・・・。

スタートして15分も経たない頃、後ろを振り向くと10人くらい。
しかも次々と抜かされます。

8キロ地点でとうとう「最終ランナー」に。
9キロ過ぎにあまりのつらさに歩き出してしまいます。

病気になる前は70以上のレースに参加していたそうですが
こんな屈辱は初めてだったはずです。


14キロ地点収容車から人が下りてきて
ついに収容されるのかと思っていたら
おにぎりを差し出されます。

「あんた、大丈夫かい。後ろで見てくれると
何だか泣けてくるんだよ・・・。」

差し出されたおにぎりは銀色のアルミ箔で
包まれたまんまる。
つまりコンビニでも売っていない家族が作ってくれたおにぎり。
それを頬張るとポタポタと涙がこぼれた・・・・。


ようやくゴールしましたが、3時間以上もかかり当然ビリ。

この本は何度も泣かされましたが、
このハーフの記述はまさに号泣・・・。

読みながら私の7年ほど前のハーフマラソンを思い出しました。
大久保さんも走ったことがある渡良瀬遊水地。
私が走り出した頃、2度目にチャレンジしたハーフマラソン。
あの頃はハーフ走ると必ず15キロ地点になると足が攣りました。
2時間30分をなかなか切れません。


制限時間2時間40分の大会でしたが、不遜にもエントリー。
17キロ地点で3回目の痙攣で本当にやめようかと思っていると
後ろから収容車が見えました。
もし、あそこで収用されていたら


「自分はマラソンは向いていない。もうやめよう。」

本当にそう思ってそれ以降走らなかったかもしれません。

でもそこから頑張って2時間36分で走りきったのです・・・。
そんなつらい思い出もランナーには、一度や二度必ずあるのですね。


そんな気持ちを思い出すと、この大久保さんにとっては屈辱的なハーフマラソンを
読み返しながら何度も泣いてしまいました・・・


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