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2017年11月21日 (火)

徳川信康の最後

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今週のNHK大河ドラマはご覧になりましたか?
やはり、徳川信康は、その母親である築山殿とともに
ついに自害してしまいましたね。

本当にこの信康が生きていたら、
歴史は変わっていたと思うのです。
「なぜ殺されなければならなかったか」を
確かめるために


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山岡荘八著の「徳川家康」をもう一度
読み返してしまいました。
この名著「徳川家康」はご存知でしょうか?
なんと全巻26巻の大長編歴史小説ですね。

これは実は大学時代に
「全巻読もう!」とチャレンジしたことがあります。
結局、半分くらいしか読めなかったのですね。
これも学生時代に好きで読んでいた
「夏目漱石全集」とともに
「時間ができたら、いつか読み返そう」
とずっと思っていた全集です。

その買った本は、とうの昔にどこかいってしまいましたが
しかし、今は便利な世の中です。
簡単にネットからダウンロードできるのですね。

第7巻「颶風『ぐふう』の巻」に信康のことが詳細に記述されています。
思わず、ダウンロードして読み返してしまいました。

大河ドラマとは違う内容でしたね。
まあ、テレビですから、あまり惨いシーンは
放送できなかったのでしょう。

小説では、築山殿は徳川家の家臣によって殺害されていました。
また信康の最後の記述では、切腹の介錯には
「服部半蔵」が務めていましたね。
服部半蔵とは伊賀の忍者ですからね。

史実はどうあれ、やはり信康は実母築山殿とともに
家康の手によって殺害されたのは事実なのです。

築山殿と信康は、織田信長を裏切って武田勝頼に
内通していたかは本当のところは分かりません。
でも、山岡宗八氏の記述によると、

「身の潔白を訴えていた・・・」

ようです。
恐ろしいですね。戦国時代は・・・。
奥さんと実の子を殺さなければ、家康は生きのびられなかった
のでしょうね。

またある意味、織田信長の怖さも感じますね。
家康の子、信康はきっと優秀だったのでしょう・・・。

「いつかこの信康によって自分も殺されるかも・・・・」

と恐れたのでしょうか・・・。


徳川家康の遺訓で有名な

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。」

というのがありますね。
「急いては事をし損じる」のような使い方をされますが、
意味深い言葉ですね。

家康は一生、自分の妻と子を殺した「重荷」を背負って
生き続けたのですから・・・。


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