野村證券第二事業法人部 その2
横尾氏は入社後に金沢支店に配属されます。
野村證券はきっといまでもそうでしょうけど、
東大や京大卒でも必ず営業は経験させるのですね。
私も最初の赴任地は高崎支店。
懐かしい思いで読みました・・・。
入社後すぐに証券外務員試験を取らされます。
驚いたのは、横尾氏はその試験合格後すぐに
株式購入キャンペーンをやらされたこと。
私の場合は、入社してとにかく「名刺集め」。
3か月くらいはやらされたでしょうか。
入社してすぐの新人に株を売らせるのはなかなかできないこと
ですね。
当時1株600円の味の素の株を1か月で5万株売るキャンペーンで
横尾氏だけがこれをクリアしたそうです。
なかかなか優秀な営業マンだったのですね。
新人で入社したのですから、顧客は当然ゼロ。
そこからわずか一カ月で新規開拓して、5万株売りきったのは
すごいとしか言いようがないですね。
ちょうど今頃の6月になると、よく職場に新人研修を
終えたばかりの営業マンが飛び込み外交に来ますね。
そういう人を信じてお金を預けようとするでしょうか。
「新人離れした」営業力としか言いようがありません・・・。
でも驚愕の事実も書いてありました。
53年の同期入社は167名。
そのうち69名は1年以内に辞めているそうです。
その原因は、「ファミリーファンド」と「ロクイチ国債」。
私は聞いたことがある程度の商品ですが、
「儲からない投資信託」と「暴落した国債」
こんな商品を当時証券マンは売らされていたのですね・・・。
さらに懐かしい単語が出ていました。
「一日商い」と「仕切り商い」
この単語に郷愁を感じるのは、きっと私のような古い証券マン
なのでしょうね。
今は多分業法がより厳しくなったので「禁じ手」になっていると思います・・・。
「一日商い」とは「ついたちあきない」と読みます。
株式は通常四日後に決済されますね。
例えば4月1日に決済されるのは、3月29日となります。
よって、3月29日は「4月の一日商い」と言われ
野村マンにとっては、まさにキャンペーンの日。
ただ単にキャンペーンなどという生易しいものではなく、
その日に4月分のコミッションのノルマを達成しなければいけない
「月に一度の決戦の日」
支店も大騒ぎですが、会社全体としてこの日のために、
銘柄も指定し、玉(ぎょく、つまり証券用語で株式のこと)を確保します・・・。
でも正直書くと、この日が嫌で嫌で仕方がなかった・・・。
横尾氏のようにできる営業マンなら、活躍できるのですが
私のような成績の芳しくない営業マンは、一日営業課長に
怒鳴られまくられ・・・。
「どんなことしてでもコミッションを稼げ!」
苦い思い出しかありません・・・。
もう一つの
「仕切り商い」
これは今では完全に業法違反です。
30年前には当たり前のようにありました。
例えば、A銘柄を寄り付き1000円で50万株、
野村證券のポジションで買ってしまうのですね。
相場がいい時なら、一日で1000円が1050円に上がることは
よくあります。
上がってから、儲かるのは間違いないからお客さんに強気で進め
すぐ1050円で売ることができるのですね。
まさに「思惑買い」。
ただ当然相場が良ければいいけど、1000円が950円になることも
あります。
時価が950円のものを1000円でお客さんに買ってもらわなければ
ならないのですね。
ただ当時はパソコンのない時代。
株価は翌朝の新聞を読まない限り分からないのです・・・。
でも、下がった株を売ること、お客さんをだましているようで
これもつらかった・・・・。
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