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2017年6月21日 (水)

野村證券第二事業法人部 その1

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前々から話題になっていた本。
「オリンパス事件の犯人が書いた暴露本」
ではないかと思っていて実は敬遠していました。


「野村證券で一番稼いだ男」
とか「バブル時代の回顧録」
とかいろいろ言われていますね。


私も一応野村OBだから一応読んでおこというつもりで
買ってみました。
正直なかなか面白かったですね。


ただオリンパス事件については、つい読み飛ばしてしまいました。
今更事件の概要を知っても仕方ないですしね。
何が面白かったかというとやはりバブル時代の証券営業。
懐かしいのと、よく知っている人も登場して一気に読んでしまいました。


私が野村證券にいたのは1992年(平成4年)までですから
今から25年以上前のこと。
ですので30年以上前のことをよくもまあこれだけ
克明に覚えているものですね・・・。


筆者は横尾宣政氏。
京都大学経済学部を卒業し1978年(昭和53年)に
野村證券に入社します。
私は1984年(昭和59年)入社ですから6年先輩ですね。

野村證券は入社した年次で、「53年」とか「59年」と呼ばれます。
ですからその年次というのは、会社にいる限りついて回りますから
何年入社というのは大事なのですね。

ただ私が現役の頃、横尾氏のことはまったく知りませんでした。
本社の主要部門にいた方なので、私自身がそんな部門にいなかったから
知らなかっただけということなのでしょう。
この本を読む限り、この横尾氏を知らない人は社内には
きっといなかったでしょうね。
それだけ有名人だったはずです。


営業のトップを走り続け、最後は新宿野村ビル支店長を
最後に退職しています。

そのままいたら間違いなく、役員にはなっていた方なのでしょう。


ただ残念ながら、オリンパス事件で巨額粉飾の指南役として
逮捕起訴され、一審、二審とも有罪判決を受けています・・・。

この本を読むと、

「証券会社はやはり・・・だったのか・・・」

本当にそう思うでしょうね。
当時の証券会社の内情がよく分かります。

先日ご紹介した金融庁の本「捨てられる銀行2」で

フィデューシャリー・デューティー(真の顧客本位の業務運営)

を何度も解説したつもりですが、20年も前の証券会社は
そんなことは微塵も考えていなかったこともよく分かります・・・・。

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