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2016年6月17日 (金)

捨てられる銀行 その2

ではまずその「金融検査マニュアル」から詳しく解説してみましょう。
話しは1997年(平成9年)まで遡ります。
この年何があったかというと、あの山一證券の破たん。


Nozawa

「社員は悪くはありませんから・・・」
以前熱く語りましたね・・・詳しくは こちら


その翌年1998年(平成10年)日本長期信用銀行、
日本債券信用銀行の破たん。
慌てた政府は同年「金融監督庁」を作り、その翌年、つまり
1999年(平成11年)に「金融検査マニュアル」が誕生したのですね。

「金融機関でも破綻するのか・・・
私の預金は大丈夫だろうか・・・」

まさに金融パニック。
この時代背景から、
「金融機関は金融庁のいうことを聞いて破綻しないようにしなさい」
とマニュアルを作って、がんじがらめに縛ったのです。


ここからです。
「マニュアル行政が金融機関にマニュアル経営を求める」
ようになったのです。


しかもどこの地方銀行も、検査マニュアルに対応するために、
その1.5倍のボリュームの独自のマニュアルが常備されるように
なったのです。


半沢直樹に出てくる意地悪な支店長がなぜ誕生したかは
このマニュアル経営が理由です。

どういうことかは、平易な言葉でこう書かれていました。

「一度でも取引先の業況が悪くなれば二度と支援しない」

これは検査マニュアルで、

「一度でも取引先の業況が悪くなれば引当金を積みなさい」

と書いてあるからなのですね。


ということは「検査マニュアルの対応マニュアル」には

「一度でも取引先の業況が悪くなれば融資をしない」

と書いてあるのでしょうね。


これはどういうことを意味するのかというと、
銀行の実力の結晶そのものを、「検査マニュアルへ丸投げ」
してしまったのです。

もっとハッキリこう書いてありました。

「銀行の融資行動、判断基準をがんじがらめに縛り、顧客を向いた
本来の地域金融をだめにした・・・」


半沢直樹がなぜ支店長とケンカしたか、
これでお分かりになりましたか・・・。

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