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2015年10月 7日 (水)

ある日突然40億円の借金を背負う―それでも人生はなんとかなる。 その2

まず借金まみれになった会社のご説明から。
株式会社湯佐和。こちら
設立は昭和53年(1978年)。
でもその株式会社湯佐和はもともと創業者である父親が
昭和35年(1960年)大船で中華料理店を始めたことにさかのぼります。


著者が生まれる2年ほど前です。
でもこの先代は非常に才覚ある方だったようです。
たった一店舗の中華料理店からスタートして、
一代で33店舗もの居酒屋グループを築き上げたのですね。

地元では超有名人。立志伝中の方だったようです。
引き継いだときの状況は、主力の海鮮居酒屋のほか、
牛丼の吉野家のフランチャイズ店、洋風居酒屋、回転寿司、
カラオケ、サウナ、雀荘など、なんでもありの33店舗!
その当時の年商は20億円。


ここでまず「税理士らしい」突っ込み。

いくら快進撃していた居酒屋グループでも年商の倍の40億円は
「借りすぎ」ですよね。
よくそんな貸したなと思いませんか?

地元信用金庫から28億円!!メガバンクから12億円!!
私はこれ読んですぐピンときましたが、
「バブルの被害者」
なのでしょうね。
まさに半沢直樹の世界。
きっと、貸しまくったのは「東京中央銀行」なのでしょう!?
メガバンクとはたぶん「あそこ」でしょうね。


キャッシュフローで(つまり売上規模で)金を貸す時代になったは、
バブル崩壊後から。
土地神話を前提とした担保主義で何でも貸しまくったからこそ、
バブルは崩壊したのですね。
キャッシュフロー主義は、新たに設立された金融庁の指導からでしたね。


先代は余程不動産がお好きだったのでしょう。
金融機関がどんどん貸して、テナントビルを買いまくって
いたのでしょう。
だからこそのグループ展開。
FCがあったりサウナや雀荘まで少しおかしかったのでしょう。
40億円の負債だと1ヶ月の返済額は3160万円!
まったく「ニッチもサッチもいかない」状況。


そんな状況で突然の「ド素人の」社長交代。
これは事業承継のリアル物語として大変興味深く読みました・・・。

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