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2015年6月 9日 (火)

ドキュメント パナソニック人事抗争史 その7

松下幸之助氏と正治氏の確執がかなりあったことが想像されますね。
1989年(平成元年)幸之助氏が死去すると、
正治氏への包囲網がさらに強くなります。


1991年(平成3年)の決算で過去最高の連結純利益2589億円を達成し、
「幸之助の松下」から「世界の松下」へ生まれ変わる必要性があったのでしょう。


創業家がいつまでも経営の中枢に留まっていては困ると考えた
当時の4代目谷井社長は正治氏へ引退を迫ります。

この頃正治氏は80歳。幸之助氏がかつて引退した年です。
でも正治氏は首を振り、それどころか反撃に出て
谷井社長を辞任まで追い込みます。


このあたり松下電器のドロドロした内紛は実になまめかしい。
その後当然正治氏寄りの5代目社長森下社長が就任。
当時進められていた大型買収案件MCAなど谷井路線を全面的に見直し。
それこそが松下低迷の原因であると筆者は書いています・・・・。

それどころか正治氏がその後長い間、人事まで介入し、
松下電器の会長として「院政」をしいてしまうのですね。


まさにこの本の題名の通り、
「パナソニック人事抗争史」
正治氏の幸之助氏への反発と、実子正幸氏への後継・・・。


世界の松下どころか、まったくそのへんの中小企業と同じですね・・・。

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