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2015年6月 4日 (木)

ドキュメント パナソニック人事抗争史 その5

幸之助氏の天文学的な相続は本当に勉強になります。
でもここで大事なことは、松下電器はじめとした多くの株式が
2代目の正治氏に相続されたこと。
松下電器のオーナーとしての地位も相続されていることなのですね。


話しを戻すと、幸之助氏が
「正治氏を経営に一切口を出さないように」
といった「遺言」を3代目社長山下氏に言ったのが、1980年(昭和55年)。
幸之助氏が亡くなる9年前です。
この時正治氏は68歳。会長に退いてからまだ3年しか経っていません。

山下氏は正治氏の7歳年下の社長の立場。
高卒で松下電器入社後異例の大抜擢で若くして社長になった身です。

いくらなんでも「神の子」正治会長に、ここで
「退いて経営に口を出さないでくれ」
とは絶対に言えないですよね。
この引導を渡すのは、やはり幸之助氏の役割だったのでしょう。

幸之助氏は経営者として素晴らしい書籍を多く残しています。
自身も経営者としては80歳でスパッと引退しています。
その引き際は実に見事だと思います。


実は正治氏の子供に正幸氏がいます。
幸之助氏は血がつながった孫は可愛かったに違いありません。
婿に経営から手を引けということは、松下家の世襲を自ら封印することに
なります。
この時孫の正幸氏は35歳。正治氏は自分が会長として権力を維持し、
子供に世襲させたかったに違いありません。
事実、幸之助の実の娘であり、正治氏の妻幸子氏はそれを何より
望んでいました・・・。


「世襲」とは、なんだか典型的な同族経営のお話ではないでしょうか。
老舗と言われる多くの中小企業である問題でしょう。


経営の神様としても自分の婿を経営から退けること、
つまり「世襲」をしないこと、これはなかなかできないのでしょうね。

これが本当に出来ていたら、
まさに「神」と未来永劫呼ばれたに違いありません・・・・。

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