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2015年3月24日 (火)

マクドナルド失敗の本質 その2

すません。
また月刊ランナーズ掲載で有頂天になってしまって大事なお話の途中でしたね。
こういうところが「吉田ブログ失敗の本質」!?


「20世紀ブランド」のもっとも大成功といえる
「マクドナルドが本当に終焉してしまったのか?」
その観点からいろいろ考えてみました。

その「日本における20世紀の最大のブランド」=マクドナルドを
築き上げたのが藤田田氏(1926年~2004年)。

Huzita

かつてご紹介した「原田本」にはまったく触れられていなかった人物です。
1971年(昭和46年)当時45歳だった藤田氏が銀座三越に1号店を
オープンさせました。
藤田氏が日本の外食産業に米国発の「セルフサービス方式」を
導入したのでしたね。
米国の食文化を日本に移植しようとしたまさに「ベンチャー」です。

ただここで重要なことは、藤田氏はきわめて「日本流」だったこと。
ここに藤田氏の経営手腕を認めざるを得ません。
第一に、米国ではフランチャイズシステム(FC)システムが主流だったのに
日本では以後35年間、直営店方式を主体として発展させました。

実は21世になり原田氏が藤田氏の後に社長になってからは、
この直営店方式からFCへと転換しています。
つまり、原田氏はFC方式を主体とする「米国経営方式への回帰作戦」を
とるのですね。
これについては後述しますが、藤田氏の「日本流経営」は参考になります。

まず、社員へのまさに日本流の「温情主義」を取り入れるのですね。
当然米国流の成果主義は採らないのです。
ビックリしたのは社員の給与水準の高さ。
1989年(昭和63年)、まさにバブル期ですが
25歳で398万円、30歳で536万円、35歳で813万円
賞与が年3回も出ていて、
もっとも驚いたのが「奥様ボーナス60万円」

「税法的にどうなるのだ!」と一応税理士らしい突っ込み・・・!?

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