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2014年8月20日 (水)

まっすぐにバカ正直にやり続ける。 その2

元禄寿司なんて名前が出てきて
何だか懐かしくなりましたね。

昭和の時代は、やはりご馳走というと「寿司」なのですね。
「平成の今」ならイタリアンやらフレンチなど
いくらでもありますが、やはり今とは時代背景が違うのでは
ないでしょうか。
あのころは寿司屋が町の至る所にありましたから。

来客のおもてなしというと寿司なのですね。
だけど何故か子供の分まで取るような風習がなかった・・・。

だから子供にとっての寿司というのは
まさに「憧れの食べ物」だったのですね・・・。

それが一皿いくらで食べられるというのが
本当に画期的だったのです。

回転寿司の生みの親である白石義明氏。
開発した「コンベヤ付調理台」の特許をすぐ取ります。
しかも「回転寿司」という言葉以外にも「まわる」、「廻る」「回転」
など商標登録してしまうのですね。

よってまさに「元禄寿司」の独り舞台。
1978年(昭和53年)にその「コンベヤ付調理台」の特許が
切れると、堰を切ったように新規参入者が出てきます。
これが第二次回転寿司ブーム。
元禄寿司もやがてその回転寿司の名称を開放していきます。

スシローに話を戻しますが、
創業者清水義雄氏が1975年(昭和50年)に
大阪阿倍野で「鯛すし」を開店したことから始まります。
清水氏は長崎県五島列島出身。
「味の鯛すし」と呼ばれるほど行列ができる繁盛店
だったそうです。

スシローの現社長である豊崎賢一氏がその「鯛すし」に
入ったのが1983年(昭和58年)の18歳の時。

その翌年鯛すしは回転寿司へ参入したのですね。
ただすぐ参入したのではなく、じっくり見てから。
そのころに快進撃した100円寿司は安さで売ってはいたものの
ネタも悪く結局破綻したんだそうです・・・。

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