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2013年3月12日 (火)

「社長は少しバカがいい」エステー鈴木喬会長 その1

震災のお話で少し落ち込む毎日ですね。
こんな時こそ元気が出る本です。

Syatyouhabaka_2

何より読みやすいし、分かりやすいので、
こういう本はお勧めですね。

エステーは「シャルダン」で有名な消臭剤のメーカーです。
「消臭力」(しょう〜しゅう〜♩りき〜♩)
など結構CMやっているから、
ご存じの方も多いのではないでしょうか。

その会長の鈴木喬氏が書かれたものです。
鈴木会長は1935年生まれですから、もう77歳。
一橋の商学部を卒業して、最初は日本生命に入社します。
50歳まではバリバリの日生の営業マン。
年間一兆円以上売り上げる!トップセールスとして
初代法人営業部長まで上り詰めましたが
父親が創業したエステー化学(現エステー)に移ります。
社長になったのが63歳の時。

正直遅咲きのスタートだったのですが、
それからの14年間で見事にこのエステーを改革してしまいます。
読んでいて、実にスカッとする本ですね。

強烈な個性とバイタリティで、

「もしそのまま日本生命に残って社長まで上り詰めたら
あの『大企業病が蔓延している』日本生命も絶対改革できただろう・・・。」

そんなことまで感じてしまいます。
(これは日本生命の方には内緒に・・・)


これからこの「鈴木イズム」をご紹介していきますが、
例えば、2年前の大震災の時にこの鈴木会長の取った行動。

直ちに「世界一強いビル」というコンセプトで
本社の建て替えを決めます。

その理由は、このエステー本社の前には
神田川が流れているからなのですね。


実は個人的に、この会社については、
学生時代からよく知っていたのです。

高田馬場駅を降り、早稲田通りを渡ると、
『さかえ通り』という「有名な飲み屋街のある路地」があります。

その通りを抜けたところに、このエステー本社があるのです。
当時神田川に向けて大きな看板「エステー化学」が
掲げられていましたね。

実は、当時早稲田大学のバスケットボールサークルのたまり場が、
その神田川を挟んだ真ん前にあったのですね。
喫茶店「DUO」といって、夜はパブになる小さなお店でした。

大学に行かない日でも?、毎日のように通った「青春の店」です。
その窓越しに、この「エステー化学」の看板を
ぼんやりと毎日眺めていました・・・。


・・・私の青春話はこれくらいにして、
この鈴木会長も、失礼ながら、まだまだ「青春」しています。

特に2代目経営者の社長さんに
ぜひ読んでいただきたいお勧めの本です・・・。

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