« タフ&クール(グローバルダイニング長谷川耕造氏) その2 | トップページ | 日中友好囲碁大会 »

2012年11月 9日 (金)

タフ&クール(グローバルダイニング長谷川耕造氏) その3

高田馬場の駅前にF1ビルがあります。
今もあるこのビルは、私も早稲田の学生時代によく行きました。
このビルの中に碁会所があり、そこが早稲田囲碁部の練習場
だったからなのですね・・・。

そのF1ビルの地下に1973年、長谷川社長が若干23歳ながら
喫茶店「北欧館」をオープンします。
朝9時から夜11時まで店を開き必死に働いたそうです。

その努力の結果、「北欧館」は一日に480人も来店する大繁盛店に
なったのですね。

なぜなったのか?
もうこのころから長谷川社長は商才があったとしか言えませんね。
ビジネス経験もない23歳の若者がそう簡単には
商売を成功させられないはずですからね。

ノウハウも知識もない。でも最初から「5年間で3店舗つくろう」と
邁進したのです。
面白いエピソードがのっていました。
「2年間で1000万円貯めます!」と銀行に宣言して、
見事実行した。
その結果、その2年後に即2000万円の融資が実行されたそうです。

ちょっと考えられないですが、参考になるお話ですね。
でも、今から40年も前のお話しながら、25歳の若者に2000万円を
融資をしてくれる銀行があったのですね。

そこでその2000万円を元手に今度は六本木に進出します。

なぜ喫茶店を最初に始めたかというと
「素人でもできるから」
まさにそうでしょうね。

今度は六本木に何を開いたかというと
「パブ」です。
本当はレストランを開きたかったそうですが、
食事を提供するコックもまたそのノウハウもなかった・・・。

長谷川社長は大胆な行動ながら、意外と慎重な面も持っているのですね。
でも1970年代に六本木を選んだというのも見事ですね。
当時もファッショナブルの店も多かったでしょうし、
昔流行った「ディスコ」も多かったし・・・。

ここでも苦労したものの成功させるのですね。
来店客を増やすために、インベーダーゲームを店に置いたそうです。
ディスコやインベーダーゲームなんて、私の年代では
懐かしい響きを感じる言葉ですね・・・。

そうして今度は原宿にも進出。
まさに有言実行。
28歳で3店舗の経営者に。見事です・・・。


« タフ&クール(グローバルダイニング長谷川耕造氏) その2 | トップページ | 日中友好囲碁大会 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: タフ&クール(グローバルダイニング長谷川耕造氏) その3:

« タフ&クール(グローバルダイニング長谷川耕造氏) その2 | トップページ | 日中友好囲碁大会 »