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2012年6月 1日 (金)

走ることについて語るときに僕のかたること その3

村上さんは、走り出したのが小説家になった直後なのですね。
この本にも触れていますが、

「どうしてマラソンをするのですか?」

これをこの20数年間に何度も、それこそ何百、何千回も聞かれたのでしょう。

Murakami

村上さんが走り始めた1982年。
マラソン界にとってどんな年代か想像つきますか?
今やマラソン解説の第一人者である瀬古さんが
マラソンランナーとしてピークを迎えていた頃です。
1980年幻で終わったオリンピック代表。
今でも語り草ですが、出場していれば間違いなく金メダルだったのでしょう。
その4年後、ロサンゼルス・オリンピックでは14位。惨敗でした。

ただ、間違っても村上さんが瀬古さんのリベンジで、
マラソンを始めたのではなさそうです。
そのころのマラソンは見るものであって、
やるものではなかったのですね。

ちょうど今週、山中湖ロード・レースに参加してきましたが、
32回大会ということで、まさにその頃始まったのですね。
奇しくも瀬古さんがゲストランナーで来ていて、
こんなことも言っていました。

「第1回の大会の参加者はわずか200人。
32年後の今日の大会は1万4000人。
この32年間で700倍にもなりました・・・」

この本にも、村上さんが最初のレースで山中湖を走ったことが
書いてありました。
ということは、この200人の中に村上さんも
混じっていたかもしれませんね。
それくらいマラソン人口は、極端に少なかったはずです。
その頃山中湖でマラソンしたなんて言ったら
それこそ「変人扱い」されてしまったかもしれませんね。

それだけのマイナー競技だったマラソンを、これまでずっと
走り続けてきたからこそ、


「どうしてマラソンをするのですか?」

なんてつまらない質問は、もう聞きたくないのでしょう。

小説家としてスタートした際、村上さんは
生活を一変されたそうです。
不規則な夜の生活を一切やめ、朝5時前には起床し、10時前には就寝する
という極めて真面目な生活に戻したのです。
タバコもやめ健康的な生活に戻された中で、この走ることも始めたのです。
太りやすい体質であったからと言い訳も書いてありましたが。

最初は20分か30分走っただけでも息が上がったそうです。
でもそれが毎日走ることで生活のリズムになってきた・・・。


ただ大事なことは「走りなさい」と人に言われたから
走り出した訳でもないのですね。
しかもその後、ずっと走り続けたことに対して

「少なくともそれほど苦痛ではなかった」

だから30年近く経った今でも走り続けられるのですね。
ここは毎日走り続けている私も妙に納得しました・・・。

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

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