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2012年4月 4日 (水)

私、社長ではなくなりました。(安田佳生著) その2

昨日「ワイキューブという会社はハリボテの会社であった」と
ついまた、いつものように「筆を滑らせて」しまいましたが、
本心としては「なんだ!ワイキューブもやはりそうか!」
と安心もしたのですね。

日頃、税理士をしていることで、顧問の会社の内情は誰よりも分かります。
「隣の芝生」ではないですが、
「隣の会社」がよく見える時もあるのですね。
ですから、経営者本を読んだくらいで、
「ワイキューブって会社は素晴らしい!」と
思わず絶賛してしまっていたのです。
でも内情はというと・・・。
それがこの本でよく分かりました。
外見からはやはり分からないものなのですね・・・。


安田社長は1965年(昭和40年)、大阪生まれ。
高校卒業後オレゴン州立大で生物学を専攻します。
5年ほど渡米していたらしいですが、前回ご紹介したソフトバンクの
孫正義氏と同様ですね。
ただ、この海外留学(遊学?)は孫氏ほど役立たなかったみたいですが
帰国後、とりあえず「リクルート」に契約社員として入社します。

「リクルートに入社したのは社長になるための修行」
と、最初から起業を目指していたそうです。


ところでリクルート出身の経営者多いですね。
なぜ多いかこれを読むと分かります。
リクルートとは人材業界で断トツ、
人材市場を開拓してきたパイオニアです。
しかも優秀な人材を集めることに長けた会社で
自社の媒体を使うために広告費用がほとんどないにもかかわらず、
多額の費用もかけ優秀な社員を集めていたそうです。

営業もかなり厳しかったみたいです。
強烈な営業手法、個人的に今話題の野村証券を思い出しました・・・。
野村証券にも優秀な社員は多かったのですね。
こちらの営業も厳しかったですが。
でも人材関連ビジネスがよいところは「規制業種」ではないところなのですね。
だからいくらでも起業開業ができる。
金融機関出身者は勝手に銀行や証券会社が設立できませんからね・・・。


安田社長は売上トップも取ったこともある優秀な営業マンだった
みたいですが、わずか2年ほどではリクルートを飛び出します。


1990年(平成2年)に25歳の若さでで早くもワイキューブを設立します。
早いですね。

でも私なりにここで突っ込み。
1990年というとまさにバブルのピークですね。
日本で一番景気の良かった頃です。
起業開業は誰でもできるくらい簡単だったと思うのですね。
わずか2年ほどしか社会経験のない「新米の経営者」にとって
最初からスタンスが少し甘かったのではないでしょうか。
その甘さが最後の最後まで。
これはこの本を読むとよく分かります・・・。

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