2021年3月 8日 (月)

一時支援金の詳細発表 その3

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一時支援金本日からスタートです。

何だか申し訳ないですが「見切り発車」のようですね。

 

居酒屋言って、まず言うあの一言。

「とりあえずビール」みたいな・・・「とりあえずスタート」!?

 

専用ページは こちら

ここから申請です。

3月8日本日開始されました。

 

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6日に「一時支援金の概要」のページは更新されましたね。

参考資料

時短営業の要請を受けた協力金の支給対象の飲食店

のページが設けられました。

よほど

「ウチの店は貰えるのですか?」

という問い合わせが多いのでしょうね。

 

あと先週「突っ込んだ」緊急事態宣言地域外の問題の

分析方法というのが追加されました。

何が「分析」だかよく分からないですね。

要するに

「ウチは対象なのですか?」

 

とにかく受付が開始されたのですから

申請される方はぜひ手続きしてください。

 

ただ初日から、また突っ込みますが、

「登録確認機関はどこになるのですか?」

コレでしょうね。

 

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今日現在の登録機関の件数ですね。

9100件ですね。

ウチ金融機関が半分以上。

まだまだでしょうね。

肝心の「士業」はまだ2000件です。

これでは少なすぎるのでしょう。

 

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因みに、地域で検索すると、現在登録されている

確認機関が出てきますね。

 

一応私も登録確認機関受付の開始してすぐの

2月23日に申し込んでいるのですけど、

まだ登録されていませんね。

おかしいと思って、昨日コールセンターに電話したのですが

いまだに回答が来ておりません。

何だかまだまだ混乱しているようです。

 

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現状では、電話して

「申請サポートセンター」

を予約するしかなさそうですね・・・。

 

でもご存じですか?

3月の開設会場は東京では日本橋会場のみのようです・・・。

2021年3月 5日 (金)

一時支援金の詳細発表 その2

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次によく分からないのは「保存書類」の取扱いです。

 

「提出は不要」です。

「7年間の保存義務があるそうです。」

 

何だか確定申告の領収書や請求書の保存の義務と

同じですね。

5年後に仮にそれを捨ててしまったら60万円とか30万円を

返さなければいけないのでしょう!?

税務調査と同じように「一時支援金調査官」!?でも作って

取り締まるのでしょうか?

 

ただこの保存書類を見ることによって

どういう方が対象であるかが想像きやすくなると思います。

 

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まず保存書類① 飲食店時短営業の影響を受けている方

 

(A)が全国

(B)が宣言地域内

(C)が宣言地域外

 

3つに分かれます。

直接的に取引があれば全国どこでもいいみたいです。

問題は、「反復継続した取引」であること。それを示す帳簿や通帳。

間接取引の場合は難しいですね。分かりますか??

 

要するに「時短営業の飲食店」に直接的であろうが間接的であろうが

「取引のある証拠を残せ」ということなのでしょう。

保存書類①は何となくわかりますね。

 

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やはり 保存書類② の方が分かりにくいです。

(A)宣言地域内のBtoC 事業者。

個人顧客と継続した取引をしている証拠が必要です。

しかも「毎日複数回の取引をしていること」

それには

帳簿書類、通帳

商品・サービスの一覧票、店舗写真、賃貸借契約書、登記簿

許可証

 

toC 事業者 の意味がだんだん分かってきましたか・・・。

 

(A)の宣言地域内は分かりましたね。

(B)宣言地域外でも影響を受けている地域 は

よくわからない「RESAS等の統計データ」・・・??

まあこれは地域ごとにいずれ発表されるのでしょう。

 

最後に難しい、しかもよく分からない(C)全国。

「自ら実施した顧客調査の結果」でもいいみたいですね。

さらにカッコ書きがさらによくわからない。

「対象期間は、少なくとも2019年から申請日までの

任意の1週間とする)

 

「一週間?」

「どこの期間でもいいの??」

2021年3月 4日 (木)

一時支援金の詳細発表 その1

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31日についに発表されました。

経済産業省のHPです。 こちら

 

今後まだ変更あるらしいのでしょうけど

これでほぼ確定でしょう。

 

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肝心の申請受付期間なのですが、

38日(月)からです。

 

本当にできるのでしょうか。

先週アップして

経営革新等支援機関として登録申請したのですけど

まだ何も連絡ないのですね。

多少何かあってもいいのでしょうけど

どうなのでしょうか。間に合いますか・・・。

 

問題の給付対象の絵が追加されましたね。

 

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飲食店の時短営業の影響を受けた方は

だいたいもうイメージは付きましたね。

 

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問題は「外出自粛等の影響」の方ですね。

何だかまだ漠然としていますね。

 

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具体例がさらに追加されました。

 

「主に対面で個人向けに商品・サービスの提供を行うB to C事業者」

 

なんだそうです。

具体例が分かりやすいですね。

小売事業者(雑貨店、アパレルショップ)

対人サービス事業者(理容店、美容室、整骨院、整体院、エスティテックサロン)

あたりも追加されましたね。

 

しかし、いきなり突っ込みたいのですけど

「B to C事業者」って何ですか?

私も読んだ瞬間に思いました。

 

どうもお役人の作った言葉は分かりにくいですね。

役所ではよく使われるらしいのでしょうか。

 

「B to C」とは

usiness to Consumer の略ですね。

 

usiness(企業)がto Consumer(一般消費者)を対象に行う

ビジネス形態のことなのですね。

それに対して、「B to B」事業者というのもありますね。

usiness(企業)が  usiness(企業)に向けて

商品やサービスを提供する取引なのですね。

 

ご商売やっている方の中で

「ウチは B to C なのか B to B なのか」

 

それを分かっている方は何パーセントいるのでしょうか・・・。

「一般消費者向け商売」の方が分かりやすいと思うのですけどね。

 

でも

「ウチは相手が誰だって売るよ。会社だろうが個人だろうが・・・」

そう思って商売している人も多いのでしょう。

そういう人は「B to 何 」て言うのでしょうか?

 

 

繰り返しこのパンフレット読みましたけど

なかなか「お役人調」です・・・。

 

「誰がコレ決めたの・・・」

 

突っ込みたいですね。

 

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「宣言地域の考え方」。

宣言地域以外の箇所分かりますか?

 

もうじき詳細がきっと追加されるのでしょうね・・・・。

2021年3月 3日 (水)

川崎月例

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実は週末無理して川崎月例も走っていたのです。

「無理して」と書いたのは言い訳ではなく、

月末で本当に忙しく疲れていたのです・・・・(やはり言い訳?)

 

先月は緊急事態宣言が出ていたので、中止でした。

「今月も緊急事態宣言中だから中止か・・・」

と思っていたら、なんと開催です。

 

「マスク着用。ソーシャルディスタンスで。」

 

という参加要項に書いてありました。

どうもこの川崎月例の開催母体は役所ではないらしいので

緊急事態でも関係ないみたいなのですね。

実は9月から連続出場していました。

本当は8月も走れば連続出場は途切れなかったのですけど

開催されたのを知らなかったのですね・・・。

そこでまた連続記録が途絶えていました。

 

「これで9月から連続5回か・・・・」

 

やはり連続出場が途切れるのは

何やはりイヤなのですね・・・。

それで「無理して」と申し上げたまでです・・・(言い訳?)

 

とにかく「参加することに意義がある」ので

タイムはいいでしょう。

 

最初は5キロ。

軽いアップのつもりだったのですけど、

その日は5キロくらいで、ちょうどよかったのかもしれません。

 

出だしの1キロは6分を切るくらいのペースで走りましたが

2キロほどしか持ちません。

あとはズルズル・・・。

 

結局33分56秒。

まったくですね。

しかも結構なダメージ。

 

休憩10分ですぐ10キロの部。

よほどそこで止めようかと思ったくらい。

そこでまた無理して走ってみました。

 

今度は最初の1キロくらいしか持ちませんでした。

もうまた、ズルズル・・・。

最初の5キロまでの折り返しが長かった・・・。

 

さらに最後の折り返しのラスト1キロは

本当にキツイ。

最後は足を引きずるようにゴール。

 

参加者194名中なんと191位のゴール。

タイムは・・・いいでしょ。

大会HPでご確認ください・・・・。

来月はリベンジします・・・・。

2021年3月 2日 (火)

初めてのバーチャルラン

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たまにはランニングネタ書きたくなりましたね。

何といっても2時間4分台の日本新が出ましたからね。

私が日本新が出た理由を書いても誰も読まないでしょうから

いつものマラソンネタにします。

 

このところすべてのランニングイベントが中止ですからね。

東京マラソンの運営事務局から、

バーチャルマラソンに参加しませんか?

というメールいただいたので、参加することにしました。

 

バーチャルですから、どこかのスタート地点から走る訳でも

ないのですね。

距離は10キロ。

自分のランニング・ウオッチで測ればおしまい。

一人で走るのですから、正直走りにくいですね。

私も(無駄に)走り出して10年。

こんな大会は初めてですね。

まあコロナ感染予防としては仕方ないですか・・・・。

 

 

選んだ場所は杉並区の済美山陸上競技場。

ここは立派な400メートルトラックがあるのです。

私のランニングコースの途中にあり、

私のホームグランドでもあります。

 

走ったのは早朝です。

見て下さい。誰もいないでしょ。

小中学生のトップ選手がたまに走っているのを見かけますが

結構穴場なのです。

近くの学校の陸上部やランニング同好会によく使われています。

 

しかし、10キロというと、何と25周です。

ちょっとキツソウですね・・・。

 

一応目標としては

1周2分15秒ペースを目指しました。

1周を2分で走るとキロ5分ペースですから

それより遅い5分40秒くらいですか。

それでもそれを42.195キロを続ければ

「憧れのサブフォー・ペース」ではあります・・・。

 

 

やってみましたが、1周2分15秒を守ったのは最初の周くらい。

あとはじりじりとペースが落ちました・・・。

このあたりですね。でも確かにグランドの周回コースは

単調で結構つらいのです。

 

最後はヘロヘロになってゴール。

サブ・フォーペースどころか「サブワン」!?ペースでした。

 

すいませんが、私には陸上部は向いていないですね・・・。

 

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2021年3月 1日 (月)

おかげさまで23年!

本日3月1日は、吉田信康税理士事務所の開業記念日です。

1998年(平成10年)3月1日が開業です。

本日でちょうど23年。24周年に突入いたします。

これも皆様のご支援のおかげと心から感謝申し上げます。

 

開業はまさに自宅マンションの一室でした。

マンションの一室で将来は子供部屋と思っていたところを

かたずけて、応接セットと買いそろえた部屋でした。

本当なら、きちんとした事務所を借りるべきだったのでしょうけど、

理由は単に資金だけでした。

このお話も何度かブログでアップしたので、皆様ご存じでしょう。

開業資金はわずか50万円だったのです。

当時はパソコンは一セット30万円はしたでしょうか。

それ買って、あとは税理士の登録料支払ったら

もうなくなっていました・・・。

 

振り返ってみれば、もう少し開業資金があったなら

もっと攻められたかもしれません。

当時は「商売は間口」が大切と言われていました。

つまり、きちんと店を構えることこそが信用であると。

 

インターネット黎明期の前ですから、きっとそれは正しかったのだと

思います。

ましてや税理士という職業ですからね。

事務所をキチンと構えて従業員がいることはそれこそ

信用につながったはずです。

マンションの一室の子供部屋を改装したような部屋では

信用を勝ち得なかったのでしょうか・・・。

もっと軍資金があって、設備投資ができていたなら、

その後に訪れたITバブルの波に乗れたかもしれませんね・・・。

 

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同じ1998年開業でよく引き合いに出すGoogleも自宅の

ガレージで開業したのですね。

これがガレージです。アメリカンサイズでちょっと

イメージ違うでしょうけど。

 

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Googleの20周記念年で復元され公開された部屋です。

何だか私の元の部屋とまったく同じですね。

 

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ガレージから創業した有名企業は実は多いのですね。

一番有名なのはヒューレット・パッカード創業のガレージ。

ここは、「シリコンバレー発祥の地」と言われているそうです。

 

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スティーブ・ジョブスだってこのガレージから

出発ですから・・・。

 

言い訳を言ってもいけませんね。

金が無くても夢と志があれば成功するのですね。

私もまだまだ頑張らなければいけませんね。

24年目もよろしくお願いいたします。

2021年2月26日 (金)

税理士の料理番 その65

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本日は、「天然酵母の国産小麦の食パン」

パンシリーズもついに「食パン」にチャレンジですね。

「天然酵母」というのも、また勉強になりました。

天然酵母とドライイーストの違いですね。

天然酵母の方が、いろいろな菌や酵母が混ざっているので

ドライイーストよりより風味豊かになるらしいのですね。

よくパン屋さんで天然酵母というのを見かけますが

そういうことだったのですね。

 

あと国産小麦。今回は「はるゆたか」を使います。

教室の後、初めてこの「はるゆたか」も買ってみました。

通常より少し高いのですが、

きれい白いな粉でいかにも美味しそうですね。

 

では肝心のパンズ作り。

これはもう基本と一緒。

天然酵母だからじっくりと発酵させます。

 

これをめん棒で伸ばし、丸めて型に入れます。

またさらに発酵。

膨らんだところに、「クープ」を入れます。

このクープも何度もやりましたからね。

これをオーブンに入れて焼き上がり。

思ったより簡単ですね。

焼きたての美味しいこと・・・・。

 

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あともう一品は「グリッシーニ」。

「グリッシーニ」はご存じですか?

イタリアのスティック状のパンです。

そのまま食べても、何より「つまみ」になるのがうれしい。

左党にとってはたまらないパンなのですね。

ビールにもワインにもあいそうですね・・・。

 

作り方はこれも簡単。

強力粉に加え、全粒粉と粉チーズを入れるのがポイント。

焼きあがるとチーズの味がして美味しいのですね。

これらにオイルを入れて混ぜます。

30分ほど発酵。

 

でも発酵は一度だけだから簡単。

これを細く伸ばして棒状に切って、

それにごまなどをふりかけます。

あとは切って焼くだけ。

17分ほどで焼きあがりました。

お持ち帰りで美味しいビールをいただきました。

 

本日のメニュー

「天然酵母の国産小麦の食パン」

「グリッシーニ」

2021年2月25日 (木)

起業の天才!江副宏浩正 8兆円企業リクルートを作った男 その5

このリクルート事件なのですが、ここでは語りません。

詳しくは本をお読みください。

事件が起きたのは1988年(昭和63年)。

当時は私も現役の証券マンでしたからね。

よく覚えています。

 

「絶対に儲かる株がある・・・それが新規公開株・・・」

 

当時は、この事件により、誰でも欲しがりましたね。

あと「新規公開株」とともに絶対に儲かる「新発転換社債」。

これらは私に言わせたら「バブルを誘発した麻薬」です。

(守秘義務があるので・・・今度・・・)

 

確かにリクルート事件を端緒に、証券界はずいぶんかなり変わりましたね。

また、リクルート事件により当然ながらリクルートの経営は傾きます。

1992年(平成4年)江副氏の持ち株1018万株を、

455億円でダイエーに譲渡。経営から一切身を引きます。

これにより、残念ながら江副氏の「稀代の経営者」としての人生は終了。

その後江副氏は起訴。2003年(平成15年)有罪確定。

 

それから10年後、2013年(平成25年)江副氏は、

リクルートがかつて開発した安比高原からの帰りの新幹線を

降りた東京駅で倒れます。そのまま帰らぬ人に。

 

この本を読んで初めて知ったことですが、

東京駅で倒れた際に持っていたバッグの中には「会社四季報」。

肌身離さず持っていたそうです。

 

よほど株がお好きな方だったのでしょう。

ネット全盛の現在。

会社四季報を読んでいる方はどれくらいいるのでしょうか。

30年以上前に証券会社の新人研修で

「会社四季報を全部覚えろ!」

と講師に言われたこと今でも覚えております。

その後会計の専門家となり、企業業績を比較してみることは

よくありますが、それで株価の予測することは、今でも到底できません・・・。

 

江副氏は、ある意味「稀代の経営者」でありながら「稀代の相場師」

ではなかったかとさえ思います。

戦後の有名な相場師で、「是川銀蔵」などいますね。

古い話で恐縮ですが、獅子文六の小説「大番」に出てくる

「ギューちゃん」を思い出しましたね。

「大番」で「ギューちゃん」は満鉄の株で大儲けしたのですが、

5.15事件の暴落で全財産を無くすお話でしたね。

 

今では「インサイダー」と言って完全にアウトですが、

江副氏は、当初メディアの情報量と政治家とのパイプによって、

相場を100%の確率で勝ちにいったような方のような気もします。

 

最後に、最近日経平均が高値更新して、30年前のバブルの再燃と

よく言われますね。

「これからどうなるのですか?株を買って大丈夫ですか?」

これもよく聞かれます。

それに対して

「株の世界は『ゼロサム・ゲーム』」

「分かりやすく言うと、『二人でババ抜き』。勝ちか負けしかない。」

 

でもこれから、江副氏のお話を引き合いに出すことに

しましょう。

 

平成最大の相場師「江副氏」は、ピーク時は個人資産1000億円は

ゆうに超えていたのは間違いないでしょう。

それでも、結局残ったのは117億円。

相続税を43億円差し引いて残りは74億円。

 

「相場の世界はそういうものです・・・」

 

 

今でも株の大嫌いな元落ちこぼれ証券マンは、

つくづく感じました・・・。

 

 

(ガンバレ!戦後最大のベンチャー企業シリーズ おしまい)

2021年2月24日 (水)

起業の天才!江副宏浩正 8兆円企業リクルートを作った男 その4

「業界のトップでなければ死と同じ。」

 

恐ろしい言葉ですが、これはある意味真実なのでしょう。

私のかつていた会社もバブル期に「ガリバー」と言われた野村證券。

 

当時は「業界トップが必然。」とされていました。

ここは何となく理解できたところ。

その代わり中で働く人は大変でしたが・・・。

 

後に、リクルートは1975年(昭和50年)住宅情報誌に進出しますね。

当初は不動産に関してはまったくの素人集団であったものの、

「リクルート精神」により業界でナンバーワンを作り上げます。

 

読売新聞の中興の祖「販売の神様」と言われた務臺光雄氏。

それについに対抗手段を取ります。

1983年(58年)3月23日。読売グループ総力を上げ

「読売住宅案内」を創刊します。

 

その時も江副氏は全員を集め、

 

「情報誌にナンバー2はない!生き残るのはナンバーワンだけだ!」

 

読売も当時のジャイアンツのエース「江川卓」や「王貞治」まで使って

「いろんな情報あるけれど、これが決め手のビッグワン!」

 

そこまであの読売が対抗してきたのに、結局勝負はわずか3年で決着がつきます。

 

1986年(昭和61年)わずか3年で読売は

「読売住宅案内」を廃刊にします・・・。

 

ここも面白かったところですが、でもここで冷静に考えてみると、

「リクルートブック」と「住宅情報」の登場により、不特定多数の

読者に求人広告や不動産広告を届ける新聞やテレビの

「魔法」が溶けてしまったのです。

ここ難しいですか?分かりませんか?

 

 

しかし当時は、それを誰も理解していなかったのです。

それを正しく理解していたのが、読売新聞の務臺氏だったのです。

 

もう一度書きますが

「江副氏が作り上げた『情報誌のビジネスモデル』は、需要者と

供給者をダイレクトに結び付ける『検索サービス』なのです。」

 

まさに「メディア」なのです。

ここは、この本で勉強しましたね。

 

「マスメディア」といった方が分かりやすいでしょうか。

新聞、テレビ、ラジオが、まさにそれまでの「マスメディア」だったのですね。

国民の大多数が、新聞、テレビ、ラジオに掲載される広告を

受け入れていたのです。

しかも、テレビラジオは「タダ」のサービスですね。

 

それを「リクルートブック」を就職希望者にタダで配り、

「住宅情報」を書店にタダで配り(儲けを全額書店に)、

メディアを作り、新聞ラジオから広告を奪ってきたのです。

 

oogleの検索が何故広告効果が高いかというと、

「検索するならGoogle

と誰もが思うからです。しかも当然かもしれませんがタダのサービス。

まさに2番では意味がないのです。

 

就職を探す、就職のために広告を出すには

1番広告効果の高いところにする意味こそ大事でしょう。

 

それは不動産を探す、不動産の広告を出すという意味において

同じです。

 

恐ろしいことが書いてありました。

「1980年代にリクルートは、当時の毎日新聞を

1000億円ほど買収するようなお話」が本当にあったようです。

 

ただ、メディアを欲しがりすぎて最後はメディアに叩かれます。

新聞を始めメディアから「リベンジ」の総攻撃を受けます。

状況としては、テレビから広告を奪っている現在のYoutubeと

同じでしょうか。

日本人は「出る杭」を打ちたくなる悪い性格がありますから・・・。

 

そうなのですね。もう分かりますね。

言いかた悪いですが「ライブドア事件」と同じです。

ホリエモンはフジテレビというメディアが欲しかったのですが、

最後はいろいろ叩かれましたね。

それこそが江副氏の「リクルート事件」の背景だったのです・・・。

2021年2月22日 (月)

起業の天才!江副宏浩正 8兆円企業リクルートを作った男 その3

起業してわずか3年の1963年8月、日本リクルートセンターと

社名を変更します。

この時の快進撃のお話が実に面白い。

まだ社員28人ほどでしたが、何と新卒を採用します。

初任給2万7500円で募集です。

当時の一流企業の平均は2万円。もっとも高い武田薬品でも

2万2000円ですから、いかに破格の給料か分かるでしょうか。

結局12名採用。

無謀な採用かもしれません。

でも急成長する企業にとっては大事なことなのでしょう。

 

ただ時代が後押しもします。

1960年代は日本の「黄金の時代」。

企業は次々に採用を増やします。

高卒でも「金の卵」とさえ言われた時代。

あのソニーに営業し、

「学歴無用!出る杭求む!!」

とびきり優秀な高卒を取りまくったという武勇伝が残っています。

あのトヨタにも営業し、さらに急拡大していたダイエーにも。

これにより一気にリクルートは拡大します。

このあたり確かに「起業の天才!」、「営業の天才!」と言えるのでしょうね。

 

でもそうは簡単ではないのも起業ですね。

やがて「昭和40年不況」と呼ばれる景気後退。

あの山一証券経営危機で日銀特融も受けます。

 

さらに、1966年(昭和41年)、リクルートについに強敵が攻めてきます。

出版系の老舗「ダイヤモンド」が就職情報誌を始めたのです。

ダイヤモンドの売上は約20億円、従業員は400人です。

ついに、大手出版社が本気で就職情報誌をスタートし出したのです。

この時の売上は1億1000万円。社員は48名ほど。

 

何だかここで、「桶狭間の戦い」を思いだしました・・・。

織田信長軍はわずか兵力3000。

それに対する今川軍は2万5000。

まともにいったら勝てる訳がありません。

 

その時、江副氏はどうしたのでしょう?

ここが一番面白かったですね。

 

何と一人でダイヤモンド社に乗り込むのです。

 

「日本リクルートセンターの江副と申します。

本日は社長にお目にかかりたく、うかがいました。」

 

もちろん、アポなんかありません。

社長にあうと、

「やめていただけませんか」

 

感動しましたね。

これこそベンチャー・スピリッツですね。

もちろん、そんなことくらいで引き下がるダイヤモンドでは

ありませんでした。

 

しかし、その後、社員全員を集め、

 

「同業者間競争に敗れて二位になることは、我々にとっての死である。」

 

この時からリクルートは戦う集団に変わったのです・・・。

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